2010年10月21日

箱モノ行政

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BITCHES BREW/MILES DAVIS(CBS)/1969

またもやソニーの箱モノ行政である。マイルス・デイビスの『ビッチェズ・ブリュー』については、以前にも『コンプリート・ビッチェズ・ブリュー・セッションズ』なる、実は『ビッチェズ・ブリュー』とは関係のないセッションを詰め込んで4枚組に仕立てた水増し盤が不評を買った前科がある。今回のレガシー・エディション盤は、通常音源に例によって不必要なボーナストラックを詰めてまず2枚。さらに公式未発表のライブ音源CDが1枚、公式未発表のライブ映像DVDが1枚、合計4枚で定価6500円だそうだ。だいたい気に要らないのは本来なら全2曲(「ファラオズ・ダンス」「ビッチェズ・ブリュー」)のDISC1に、DISC2冒頭の「スパニッシュ・キー」「ジョン・マクラフリン」が詰め込み収録されている点。何となく座りが悪いというか気持ちが悪い。それに私は音楽に関しては完全に「音派」なのでDVDもいらない。まあ強いて言えば3枚目のライブはだけちょっと聴いてみたいので、値段の安い輸入盤をチェックすると、US盤は肝心の3枚目のライブCDが抜けた3枚組BOXであった。箱モノ行政許すまじ。しかし大名盤であることに違いはないので、畏れ多くも感想文を書いてみたい。

パラパラと豆をまくようなパーカッションの刻みにからむのはオルガンの無機質なメロディ。無機質だがほのかに土の匂いを感じさせるイントロから、急に視野が広がって目の前に出現するのはジャングルの村で行われる呪術の宴。疾走するドラムスに煽られるようにパーカッションの密度と温度は上昇し、ギターが姿の見えない小動物のような金切り声を上げる。やがてどこからともなく漂ってくるのはバスクラリネットの呪いの声。オルガンがすかさず不協和音を叩き込み、不気味な宴は少しずつ熱を帯びてくる。どこに連れて行かれるのかまったく見えない不安感と、妖しい浮遊感がたまらない1曲目「ファラオズ・ダンス」。やがて漆黒の司祭が姿を現し、金色のトラペットで祈祷を始める。これにウェイン・ショーター、ベニー・モウピン、ジョー・ザビヌル、チック・コリア、ラリー・ヤング、ジョン・マクラフリン、デイヴ・ホランド、レニー・ホワイト、ジャック・ディジョネットら、10名以上の使徒が狂ったように暗黒舞踏を始める。

ガサガサと騒々しく複雑にうねるリズムの上を、ずんずん土足で踏み込んでいくマイルスのトランペットがすぐに主導権を握る。トランペットが沈黙している間でも、場の空気を仕切っているのはマイルスで、各ミュージシャンはマイルスの意のままに演奏するだけだ。音楽のスタイルを変遷させていったマイルスだが、自らメンバーに憑依してバンドを操る手法は死ぬまで変らなかった。20分にも及ぶ「ファラオズ・ダンス」はやがって重厚なファンクリズムへと至り、トランペットの荒涼としたテーマが響きわたって大団円を迎える。

広い空間をいっぱいに使ってモウピンの黒いバスクラが飛び回ると、ジャキジャキと鋭いカッティングで応じるマクラフリン。左、中央、右に設置された3台のエレクトリックピアノが散発的にピンク色の神経ガスを噴射して、早くも甘い幻覚作用の時間が訪れる。ぐつぐつと沸騰するようなベースとエレピの気まぐれなリフに導かれるように、トランペットの鋭い一撃が炸裂する2曲目「ビッチェズ・ブリュー」。沈静、爆発、沈静、爆発を反復しながら、やがて1曲目にも勝る凶悪なファンクリズムが浮上して、とろけるように甘美な集団即興大会へと雪崩れ込む。腹にズシリズシリとくる重いリズムと、好き勝手に暴れるエレピ、オルガン、ギター、バスクラ、パーカッションが不気味な宴の熱量をピークまで運んでいく。さらにその分厚い闇を切り裂いていく黄金色のトランペットが実に痛快だ。こっちは27分の演奏。2曲聴いただけで早くも満腹感がやってくるが、2枚組LPではここで1枚目のレコードが終るのだから、むべなるかな。

ここからLP2枚目、すなわちCDのDISC2である。その冒頭の、複数のパーカッションやドラムスが左右から襲いかかる「スパニッシュ・キー」が、アルバム中で最もポップな曲だろう(ポップと言っても顔付きは凶暴だけど)。吹き付ける海風のようなショーターのソプラノサックス、甲板を激しく洗う大波のように繰り出されるエレピの冷たいコード、天をおおいつくす黒雲の上でゴロゴロ唸るモウピンのバスクラ、荒れ狂うマクラフリンのギターはまるで雷の閃光だ。大嵐の海を突き進むのはマイルスのトランペット。稲妻に照らし出されるメタリックなサウンドは、荒波を切り裂いて走る巨大タンカーのような安定感がある。大波の頂上まで一気に巨大な船体が持ち上げられ、狭間でドスーンと落下する、あのキメのリフが飛び出す度に背中がゾクゾクするのだ。

「ジョン・マクラフリン」はセッションの一部を切り貼りした曲のようだ。オルガンの印象的なリフが反復される中、身をよじりながら高速で旋回するマクラフリンのギターがとにかくカッコイイ。エレピ、バスクラ、パーカッションの折り重なるカオスのようなアンサンブルの塊に抗うように、火花を飛び散らせながら引きつったようなフレーズを叩き付けるのだ。

ふてぶてしいベースのリフに導かれて「マイルス・ランズ・ザ・ヴードゥ・ダウン」が、のっそりと出る。安心して一歩足を踏み出した途端、たちまち周囲から怪しい無数の昆虫たちが飛び出してくる。バスクラ、エレピ、ギター、パーカッションが辺りを乱舞するが、ここはマイルスのトランペットが一本筋を通す。激しいコードカッティングを交えつつマクラフリンが高速フレーズを連発すると、次にショーターが出てきて湿気をたっぷり含んだ風を吹かせる。次のエレピソロはチックだろうか。まだ若いだけにすぐにキレる。すばらしい。曲は次第に熱を帯びていき、ついにマイルスが「スパニッシュ・キー」のリフを吹き掛ける場面で頂点を迎える(もちろん違う曲なのでドスーンとはならない)。

いよいよラストのショーターの名曲「サンクチュアリ」が来る。エレピを伴ってマイルスが「アイ・フォール・イン・ラブ・トゥー・イージリー」の切々としたメロディを少しだけ吹いた後、マイルスとショーターがユニゾンで哀愁を帯びたテーマを演奏する。長い音楽の旅の果てに、我々は世界のどこでもないどこかに辿り着く。そこは底の見えない不安感と、胎内に回帰するような安堵感が共存する不思議な場所だ。そしてテーマだけが静かに反復され、まるで巨大生物のようなリズムが伸び縮みを繰り返しながら、やがて絶頂を迎える。絶頂の後に待つのは死。しかし小さな生命がすぐに芽生え、再びゆったりと絶頂を目指して胎動が始まる。すなわち耳で聴く輪廻転生ドラマである。しかし決して難解な音楽ではない。恐ろしいジャケや刷り込まれたイメージを取り払い殉教者のごとく身を任せれば、必ずや心眼が開かれるはずである。

長いよ!

 
「あのキメのリフ」が炸裂する度にイキそうになる「スパニッシュ・キー」(長いので2分割されています)


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posted by やきとり at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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