
HAND TO HAND/GEORGE ADAMS-DANNIE RICHMOND(soulnote)/1980
ジョージ・アダムスとジミー・ネッパーのヘヴィ級2管フロントが火を噴くハードバップ作。
ハードバップと言ってもそこはアダムス。一筋縄ではいかない。荒を呼ぶ雄叫びに、岩をも砕くバカ笑い。竹中直人に「笑いながら怒る人」という芸があったが、アダムスのテナーサックスはそれの音楽版である。薄気味の悪い笑いと、脱力系の威圧感が同居しているのだ。さらにピアニスト、ヒュー・ロウソンが、マッコイ・タイナーのゴツゴツした角をすべて削り取って、スティービー・ワンダーのコード感覚を足したような、ファンキーかつソウルフル、時にはメロウな香りさえする素晴らしい曲を書き、滑らかで流麗なピアノを弾く。
野獣系のアダムスが自分とは正反対のタイプのピアニストを雇った理由は分らないが、来るべき80年代を前に旧態依然のフリージャズに限界を感じていたのかもしれない。かと言ってフュージョンに手を染めるほど器用でもないし、そもそも演りたくない。どんどん沖へ流され孤立していくフリージャズの流氷と陸地を絶妙に結びつけてくれたのがロウソンのピアノではないか。ペンキを叩きつけるようなマッコイのピアノとは違って、水彩の絵筆を丹念に置いていきグラデーションで見せる(聴かせる)個性は魅力だし、それでいて力強さがある。
まるでベニー・ゴルソンが書いたジャズテットの新曲のような無骨で分厚いウォームなテーマから、意外なほどストレートにスイングする「ザ・クルーカー」。典型的なハードバップ曲だが、ベースとドラムスが刻む重量級フォービートには確実にミンガスの霊が取り憑いている。お次はビリー・ストレイホーンが書きそうなビタースウィートなバラード「ヤマニズ・パッション」。無骨で愚直な語り口のアダムスのテナーが実に男くさく渋いのだ。人生はかくも甘くてホロ苦い。
明るいサンバ調のテーマが華やかな「フォー・ディー・J」。繰り出されるジャズサンバのビートを軽快に乗りこなし、なめらかで息の長いフレーズを編み上げていくネッパーのトロンボーンソロが素晴らしく、アダムスのフルートも歌心に満ち溢れている。うねるようなベースリフに、ゆったりとした16ビートが絡む「ジューブビー」は、歌詞を付けて歌えそうなスピリチュアルかつポップな曲調。まるでポップスのようなオシャレな循環コードに、アダムスの男泣きテナーがクサビを打ち込んだ瞬間、これはたまりません。
THE CLOOCKER(9:08)/YAMANI'S PASSION(10:55)/FOR DEE J.(8:07)/JOOBUBIE(11:20)GEORGE ADAMS(ts,fl)/JIMMY KNEPPER(tb)/HUGH LAWSON(pf)/MIKE RICHMOND(b)/DANNIE RICHMOND(ds)
今度暇を見て聞いてみますね。
ではご希望に応えて飲み物の話をしましたよ。
>野良猫さん
いやいや、アダムスのテナーはゴルソンとは全くタイプが違います。このアルバムが例外的にオーソドックスなだけで、アダムスはフリーも辞さぬ野獣系でございます。曲はハードバップでも、ソロはぶっ飛んでます(笑)。
プログレッシブロックがぜんぜんプログレッシブじゃなくなり、ニューウエーブが旧態依然になった過程とも通じますね。
それらはのちにスパイスとしてクラブミュージックに取り入れられ、プログレッシブハウスとかエレクトロになった、と。