2012年05月05日

祝全核発電所停止

zero.jpg
日本で原発が1基も動いていない状態になるのは、42年ぶりだそうだ。2基の商業用原発が稼働していた1970年当時は、時々止めて手探り状態だったらしい。まだ私が2歳の時である。原発と共に私もすっかり「高経年化」してしまったが、ひとまず乾杯! 俺も廃炉! まあね、ビンボー人たちを愚かな対立に導く諸悪の根源、すなわち、すべての宗教と核が、いますぐこの世から消え失せますように。もういいかげん眠いけど、薄汚いアパートで薄汚いオッサンが、これからひっそりと祝杯を上げます。BGMはネイサン・デイビスの『自由のルール』で!


posted by やきとり at 23:12| Comment(6) | TrackBack(1) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 おめでとうございます。50基の核発電所の再稼働を許さず、42年ぶりの核の火0ワットを迎えることができました。お互いデモや集会に頻頻と通い、結構なお金を使った甲斐もあったというものです。
 ネットをチェックしていたら、小生の間抜けな姿が写っておりました。http://pub.ne.jp/shimura/?entry_id=4308027
 この日の天気はとんでもなく雹まで降ってグショグショになりました。ジンタらを探してバンドカーの後についていていったのですが、そこには居なくて代わりにランキンタクシーさんの歌を聞きました。バンドの人が始めようとしたら雨でアンプが怪しくなり、ドラムとトラメガで始まりました。ドラムを叩くと派手にしぶきが上がって景気がよかったです。しばらく歩いたら雨宿りするご一行を発見、しかし、みわぞう様がいない。しばらくして、ちょっと、不機嫌そうに追いついてきてようやく演奏を聞けました。
 デモのあとの集会では、飲み屋が開くまで引っ張るということでしたので、街宣車にセット?の瑞穂たんが5回も挨拶させられて大活躍でした。共産党も車を出していたのだけれど、忙しいらしく、いたのは主催者側の区議だけでした。日隅弁護士が挨拶なすったのがちょっと珍しかったかな。元気はなく見えたけど、スタスタと駅に歩いて行ったんで、まあ何よりかしら。
 前日の芝公園とテント広場はお天気に恵まれてよかったんだけど、4日の自由と生存のメーデーも、土砂降りでした。縦断幕?を成り行きで持ったのですが(先頭は車なので横断幕にしても見えない)、途中で車と離れると先頭になり、警官の「早く行け」とデモ指揮の「ゆっくり、ゆっくり」で、警告が飛びまくり、「税金ドロボーは帰れ」コールが飛び、いいっちゃあいいんだけど「持ってかれる」じゃあないかとヒヤヒヤしました。
 また、機会がありましたら、ご一緒しましょう。
 例えばこんなのとか
http://www.renseki.net/detail/1124.htm
Posted by L at 2012年05月07日 22:10
おつかれさまっす!
5・6杉並動画、4・29でも活躍されてた秋山理央さんによってupされました。
http://youtu.be/sCUup5CUnrE

アホです。
でも怒ってるからこそ、こんな大雨の中でアホ丸出しで行進できるんですよね。
ええなあー。参加したいっ!
まあ東京までそう再々行けませんので、地道に地元で踊り振り叫びます。
Posted by なめぴょん at 2012年05月10日 21:20
>Lさん
雨の中お疲れ様です! しっかり写ってますね(笑)。ところで連赤のイベント、メンバーが豪華だなあ。特に「その後」の視点でトークが進みそうな第三部が楽しそう。ちと遠いけど、明日の気分次第でフラリと行くかもしれません。ナイス情報ありがとうございます!

>なめぴょんさん
いや確かにアホですなあ。楽器びしょ濡れだし(笑)。杉並の方のデモはいつも若者度とバカ度が高くて、実に楽しそうですね。一度足を運んでみようかな。で、「正力の魂はふるさとに還りました」という叫びに、思わず笑いました。
Posted by やきとり at 2012年05月12日 07:13
どうも。連赤、行ってきましたよ。
http://ameblo.jp/amamiyakarin/entry-11249981669.html

 私もメンツの豪華さに惹かれて行ってきました。例によって前の席に陣取ったら、隣は塩見元議長で、挨拶しちゃいましたよ。案外、気の良い感じ。
 印象に残ったことは、

 東京新聞の田原牧さん「何か違和感がある。連合赤軍の話は、市民社会に分かりやすい形に回収されてしまっている若松孝二が映画で、最後に加藤末弟に「みんな勇気が足りなかったんだ」と叫ばせているように。あれは史実ではない。」「連合赤軍はこうして40年経って回顧されているが、規模で言えば内ゲバの方が一桁多いし、覚悟で言えば東アジア反日武装戦線の方が凄い。しかし、こちらは、全く回顧しようという話はない。なぜこちらは回顧の対象になり、あちらはならないのかを考えてみるべき」
 
 金廣志さん「植垣が若い女の子にモテる。映画や漫画になり、話題になる。なんか、連合赤軍が「新撰組」化している。さしづめ、植垣は沖田総司らしい。50年経つと大河ドラマになるかもしれない」「親は嫌がったが、塾の子供には、元連赤は受けが良い」

 森達也さん「違うところはもちろんあるけど、オウムと心の動きは共通している。駆動しているのは善意である。オウムは、連赤をよりシステマティックにやり直したもの」
 塩見孝也さん「首相官邸を襲撃して権力を握ったあとは中核派のXX君に、譲り渡しても良いと思っていた」
 ここで、みんな「エ〜、知らなかった。裏切りだ」と叫んでました。

 植垣さん「あれは勇気がなかったからじゃない、ありすぎたから起こったことなんだ」
 「戦って死ぬ覚悟は出来ていた。助かるとは思っていなかった。革命運動はすごく楽しかった」「俺がいないと組織の実務が動かないから、死ぬところまでの”共産化”の対象にならなかっただけのこと。あとは偶然だね。」「永田を担いだのはシャッポとして動かしやすかったから。悪いことをした。」「我々から見て、あれは人柄とか野合に伴う路線対立による内ゲバというわけではない。先鋭化し、マークがきつくなって逃げる者がでてきたので、裏切られる前に先手を取って始末したという感覚。」
 などなど。

 連赤新撰組化論は面白いですね。向こうは反動で、社会階級的に低く、政府の一部に組みこまれることを望んだわけですけど、ゲバルトと内ゲバは似ている。1945年松山で343空という紫電改を装備し源田実が指揮するエリート部隊があったのですが、これに皇族!軍人が「新撰組」と命名したそうで。80年近く経つと、新撰組や白虎隊(http://goya-kura.img.jugem.jp/20110216_866681.jpg)が抽象的かつご都合的に「忠君愛国・滅私奉公」的ロールモデルになるわけで、実に気持ち悪い。あと40年経つと「国を思い社会を思い欲得を捨てて戦った、純粋でちょっと行き過ぎてしまった若者たち」くらいのくくりとして、やたらロマンチックに語られるようになるのでしょう。ま、さすがに部隊に「連合赤軍」という愛称はつけないでしょうが。

 あと、「ベースから逃げるときにこけつまろびつ逃げたというふうに映画などで表現されているけど、普通に歩いてさったんだよ」
 なぜ逃げなかったのか?なぜ逃げたのに戻ったのか?という問いに、「そういうものなんだ」という趣旨のことを言っていましたね。過労で死ぬ人も、死地に押し出される兵隊も逃げないですからね。不思議だけど不自然ではない。

 それから、社会・政治運動の衰退は連赤の影響と言われるのだけど、違和感があって一番大きいのは経済的な特にバブル崩壊以降のことが大きいと思うのだけど、気持ちを萎えさせたのは、連赤以後のダラダラ続いた内ゲバの影響の方が大きいと感じています。特に新左翼はあれで潰れていった。労働社会運動はもう少し続くわけですが、国鉄解体、総評解体、社会党解体でレイムダックになってしまったと。80年代反核とか、湾岸戦争反対とかあったわけですから。

 そのうち、「創」あたりに記事が出ると思います。
Posted by L at 2012年05月23日 23:12
Lさま

>それから、社会・政治運動の衰退は連赤の影響と言われるのだけど、違和感があって一番大きいのは経済的な特にバブル崩壊以降のことが大きいと思うのだけど、気持ちを萎えさせたのは、連赤以後のダラダラ続いた内ゲバの影響の方が大きいと感じています。特に新左翼はあれで潰れていった。

「連赤の影響」論ってのは、微妙に左右合作なんですかね。公安関係者は「うまく世論誘導したぜ」とか(実際に情報を小出しにしたりしたんでしょ)の事情から、「あれで社会運動に打撃を与えた」ととらえている。
 左翼運動の側は、内ゲバを問題にすると今に続いている党派をあれこれ言わなくてはいけないので、ぽしゃったところをスケープゴート資する。
 まあ、ただショウとしては、ぱらぱら持続する内ゲバより元祖「劇場犯罪」みたいに大報道された「連合赤軍」のほうが派手めです。
 マスメディア関係者も、社会意識に与えた自分たちの影響力を大きく見積もりたいだろうから、「連赤影響論」に立つでしょうね。
Posted by kuroneko at 2012年05月24日 12:48
 kuroneko様、こんにちは。
 社会運動への影響については、処凛姐さんも
触れていて「韓国に行って”運動が盛り上がっていて羨ましい”と言ったら、”日本では連赤の影響で運動が沈滞しているんだよね”と言われ驚いた」。まあ、彼女は当時の感覚はないからそう説明を受けるとそんなもんだと思うでしょう。あのあとも新左翼運動は世間受けはしなかったけど結構あったし、立花隆も「中核派VS革マル派」とかという本を出している。
 でも、kuroneko様の仰る通り、みんな連赤のせいにしたいということだと思います。
 連赤はポシャった運動で一定のケリがついているから、サンドボックスに入れて「安全」に語れるわけで、新左翼の闘士の田原さんも連赤以後の運動の内部については「今でも語れないことはいくらでもある」と仰ていましたよ。実際、内ゲバの対象になりつつあってセクトを抜けたようですし。
 集会のあと、懇親会があったのですが、腰が引けて参加しませんでした。ちょっと後悔しています。田原さんとお話してみたかった。ロビーに座っていたんで声をかけることもできたんですけど。ちょっと、迫力があります。誰かに似ていると思い続けてきたのですがわかりました。http://www3.nhk.or.jp/anime/ojaru/charactor/chara/usui.html
面長で、長身、長い黒髪、長いスカートにブーツ、まあフリフリパステルカラーではないですけど。で、ちょっと怖いこと言う。
 ではまた。
Posted by L at 2012年05月24日 14:33
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック

原子力基本法に「安全保障」が
Excerpt:  世界平和アピール7人委員会から、以下のアピールが出ました。  広めるために掲載します。  原子力基本法の基本方針に「安全保障に資する」と加える改正案の撤回を求める        ..
Weblog: JCJ機関紙部ブログ
Tracked: 2012-06-20 00:39