2013年08月10日

都会の避暑地

学生時代、お盆が近くなり友人がそれぞれ帰省してしまうと、私はヒマを持て余した。エアコンなど無い四畳半の下宿は朝夕問わず、サウナ風呂状態である。そこで山手線の始発が動き出す時刻を狙って、まだ薄暗く、ごくたまにタクシーが行き交うだけの早稲田通りをとぼとぼと歩く。手にしたビニール袋の中にはセブンスター1箱と100円ライター、文庫本が5冊。熱帯夜未明のねばつく空気の中を泳ぐようにして高田馬場駅に着くころには、全身汗みずくである。さっそく120円の切符を買い山手線に乗り込むと、たちまち額の汗がひいていく。ああ涼しい。時間が早いので、車内は閑散としている。端の席に腰をおろし、まずホームの自販機で買った缶コーヒーを飲むと、ようやく人心地つく。

お盆の間、私はエアコンの効いた山手線の中で1日中、本を読んだ。東京から人がいなくなるので、ラッシュアワーも無い。元々電車の中というのは読書がはかどる場所だし、車窓に広がる真夏の光景に時折目をやりながら、涼しい車内で本を読むのは快適だった。すこし寒くなってきたらどこでもいい、灼熱のホームに降りてタバコを吸う。まだ国電のホームでタバコが吸える時代だ。悠々と一服くゆらしてから、次にやってきた山手線に再び乗り込む。腹が減るとキオスクで買ったパンをホームのベンチで食った。カネに余裕があれば、池袋か品川の立ち食いそば屋で、かけそばか月見そばを食った。外回りに飽きたら内回りに乗り換えて気分をかえる。そうやって、山手線の軌道をぐるぐると回り続けた。

そんなある日、高田馬場駅で先輩が乗ってきた。「おう、やきとり。どこ行くんだ?」「はあ、どこに行くわけでもなくて」私が事情を説明すると、先輩は「馬鹿だなあ」と笑った。「これから映画を見に行くんだけど、一緒にどうだ?」先輩は、当時封切中の『ラスト・エンペラー』を見に行くという。映画代を出してくれるというし、連日の読書にも飽きていたので、私は先輩に付き合うことにした。新宿の映画館はエアコンに加え、当然ではあるが、シートの座り心地が山手線とは比較にならないくらい快適だった。「やっぱり電車の中より、居心地がいいですねえ」と、素直に感想を述べると、先輩はまた「馬鹿だなあ」と笑った。

映画がはねてからコマ劇場ウラの小さな居酒屋で、2人で酒を飲んだ。その店にはエアコンが無く、その代わり狭い店内のあちこちに置かれた煤けた扇風機が、甘ったるいモツ焼きの匂いのする空気を必死で掻き回していた。汗をかきながらチューハイを飲みモツ焼きを食う。それはそれで最高なのだが、「帰りに山手線をもう1周してから下宿に戻ります」と言うと、「よし、俺も付き合おう」と先輩はまた笑った。


posted by やきとり at 10:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やきとり師匠らしい避暑の工夫ですね。
私はスーパーの食品売り場、特に生鮮コーナーを買い物カートを押しながら一時間ほど回遊し、隣の珈琲館で250円コーヒー、二時間ほど粘って文庫一、二冊読了。
更に夕刻、帰り際もう一度、食品売り場で酒のつまみを物色し、半額品をせしめてようやく帰途につきます。週に二度ほど、もう私の娯楽になっています。楽しい。
最近は私のように行き場のないおじさんたちがよく喫茶店で粘っています。
十代の頃と変わりません。
暑中お見舞い申し上げます。夏の激務、お体大事になさってください。
Posted by クロコ at 2013年08月10日 13:15
毎日暑過ぎでグロッギー状態です。

この山手線避暑法は私も何回もしましたよ。
東京のマスゴミに入って、大学卒業後に実家の京都
から東京へ東下りで移住。1年間だけ狭い会社の
寮に。土日は暇なので東京探索兼ねての山手線一周避暑。
土曜日はやきとりさんと同じように車内で読書。今のように
DAPや電子書籍タブレットだと荷物も少なく最高ですね。
山手線避暑のあとは映画大好きなので、土曜深夜から
朝までのオールナイト4〜5本立て興行を池袋の
文芸座で映画鑑賞。今はそんな体力ないな。
Posted by kabumasa at 2013年08月10日 20:58
山手線を降りたらそこが北海道であったらいいのにne! この夏は当地も30℃程度には暑いですが、朝晩は涼しいですよ〜。
Posted by クニチュウ at 2013年08月12日 07:24
皆様、おはようございます! まだまだ暑い日が続くようなので、くれぐれもご自愛くださいませ!

>クロコさん
なかなか優雅な夏の過ごし方ですね。スーパー「回遊」は、私も休日に時折決行しております。試食のマグロブツをつまんでみたり。ただ喫茶店は行かなくなりましたねー。学生時代の方が行ってたかも。用途はあくまで待ち合せ場所って感じでしたが。それと以前ならコンビニで立ち読みという、もっと手頃な選択肢もあったのですが、いまでは体力が持ちません。おまけに読みたい雑誌も無いし。もっとも、立ち呑み屋では2時間くらい平気で立っていられるのですが(笑)。

>kabumasaさん
おお、考えることは皆一緒ですね! いまの学生なら、イヤホンして携帯ゲームでもやってそうですなあ。あ、今時、エアコンなんて全員持ってるか(笑)。浅草の映画館のオールナイトはたまに行きました。私の場合、クレイジーキャッツ5本立とか、男はつらいよ4本立とか、そんなんばっかでしたけど。そうそう高3の時、早朝から始まる、とあるイベントに参加するため、仲間と池袋の日活(ロマンポルノ5本立)で仮眠を取ろうということになりましたが、もちろん一睡も出来ませんでした(笑)。

>クニチュウさん
いやあ、羨ましいですなあ。実は死んだ親父の実家が函館でして、子供のころは夏休みや冬休みになると、ちょくちょく祖父母の家に帰省してました。那覇→函館という大移動! 夏だとたとえば那覇28°C、函館25°Cなんて日もあって、あまり違いが無いようでいて、実は圧倒的に「湿度」が違うんですよね。沖縄は比喩ではなく「蒸し風呂」そのもので逃げ場なし。北海道は気温が上昇しても湿度が低いから、日陰に入ると汗が引くし、仰るように朝晩はしのぎやすいんですよねー。繰り返しますが、ああ、うらやましい。
Posted by やきとり at 2013年08月13日 08:35
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。