2014年11月22日

街のラーメン屋で飲む

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いまや首都圏のどの駅前にも、王将や日高屋などの中華チェーンが立ち並ぶようになった。「餃子でビールでも飲もうかな。あとレバニラもいっておくか」という気分になった時、私もその手のチェーンを利用することが多かった。最近はもっぱら「家呑み」なので足が遠のいているが、ある時ふと思い出したのが、昔からある街の中華屋である。学生の時は行きつけの中華屋が4、5軒あったものだ。「ラーメン」の白文字を染め抜いた油の染みた赤いノレンをくぐると、左手にカウンター6席、右手に4人掛けのテーブル席が3つ、店の右奥にはビールやジュースを収めたガラス張りの大きなケース、その上には14型テレビが鎮座している。客はいない。


カウンターの中で新聞を読んでいた初老のオヤジが眼鏡をはずしながら、聞こえるか聞こえないかくらいの声で「らっしゃい」とつぶやく。その横で洗い物か何かしてた、これまた初老のオカミが手ぬぐいで手を拭いてからホールに出て、「お好きな席、どうぞ」と私に声をかける。これまで何十年も繰り返されてきたであろうルーチンに、ある種感動のようなものを覚えながら、一番奥のテーブル席に入口に背を向ける形で陣取った。ビールメーカーの名前が入ったコップの水を私の目の前に置いたオカミに「ビールと餃子、一緒に持ってきてもらえますか」と注文すると、「はい、餃子ね」とオカミ。最初の「はい」は私に、「餃子ね」はオヤジさんに対して言ったものだ。同時にオヤジが換気扇を作動させる音が聞こえ、店はそれまでの静寂から、ラーメン屋らしい活気に包まれた。

一旦腰を上げ、足のガタつく背付き丸椅子に座り直し、細い4本足のテーブルの下から古雑誌を2、3冊引っ張りだしたが、あまり面白そうなものが無かったので戻す。「すんません、ニュースつけていいですか」と訊くと、「どうぞー。リモコン、テレビの横です」とオヤジ。ジューッと餃子の鍋に水を注ぐ音と共に、盛大な水蒸気がカウンターの向こうから立ちのぼる。ラップでグルグル巻きにされたリモコンでテレビをつけると、NHKでニュースをやっている。うーむ、昼時に客が1人でやっていけるのだろか。たぶん店は持ち家で、2階が住居になってるんだろうな。それで毎年正月になると息子が嫁と孫を連れてきて、2階の卓袱台に焼売と春巻きとカニ玉を並べてお祝いするのかな、などと妄想していると、オカミさんが「おまちどうさま」と、ビール大瓶と餃子を運んでくる。添えられたコップは、さっきの水と同じだ。小皿に醤油とラー油、さらに酢を足す。油でギタギタの調味料入れは、これはこれで風情のひとつである。指の油をジーパンでぬぐい、割り箸を割る。

まずはビールを注ぎ、1杯目は一気に空ける。うーん微妙にぬるいが、真夏ではないので構わない。大きすぎず小さすぎない、いわゆるフツーの餃子は6個入りだ。醤油にひたして半分かじって、断面を観察する。キャベツの割合が多い、味もフツーの餃子だ。「それと、この白っぽいのが肉かなあ」などと思案しつつ、左手でビールを注ぐ。それを半分ほど飲み、かじった断面に醤油を染みこませて1個目を食べ切った。肉の分量は少ないかもしれないが、粗めに刻まれたニラの香りがたって、十分に食い応えがある。総理大臣の間抜けな顔を映して「解散解散」とうるさいテレビは消して、ビールと餃子に集中することにした。そうやってビールを半分飲んだところで、腰をひねって壁に貼られた醤油で煮染めたような色の品書きに目をやる。こういう店のラーメンは当たり外れがあるので、「麺類の部」は読み飛ばす。カツ丼や中華丼は今日の気分ではない。やはり予定通り「レバニラ定食」を注文しかけたところで、その横の「野菜炒め定食」に目をひかれた。

「ああ、野菜炒め定食もいいなあ。ふむ、レバニラ定食より150円安いのか」と気移りしていると、さらに横には「肉野菜炒め定食」の短冊がある。こちらはレバニラ定食と同じ値段だ。「肉野菜炒め定食」マイナス「野菜炒め定食」イコール150円。すなわち「肉」イコール150円。よし決めた。私が、所在なくホールに立っているオカミさんに「すんません、あと肉野菜炒め定食ください」と注文すると同時に、いつの間にか消えてた換気扇を再作動させるオヤジ。すこし弛緩しかけていた店の空気が、再び活気づく。その頃には餃子は残り2個で、ビールはコップにあと1杯半程度か。うーむ肉野菜炒め定食のオカズをつまみながら、ちょっとビールを飲みたいしなあ。肉野菜炒め定食の出来上がりと間合いをはかりながら、ちびちびとビールを飲む。カウンターの中で身体の小さなオヤジさんが大きな中華鍋をダイナミックに振る姿は、見ていて実に頼もしい。「はい、上がったよ」の声の後、やがて四角いお盆にのった肉野菜炒め定食が厳かに運ばれてきた。お盆の中央には、楕円形のアルミ皿に山盛りの肉野菜炒め、左手前は白い陶器の丼飯、右手前は味噌汁椀に注がれたスープ、右上に薄く切った鮮やかな黄色のたくあんが3枚、左上に小さな冷奴が、整然と配置されている。なるほど冷奴ときたか。1丁を8等分した小ささながら、しっかりネギと生姜とオカカが散らしてあるミニチュア冷奴だ。

鼻孔を皿の真上に持っていき、野菜炒めからもうもうと立ちのぼる湯気を胸いっぱいに吸い込むと、たまらず「ビールもう1本お願いします!」。肉野菜炒めの主たる構成員はモヤシである。小さくざく切りにされたキャベツ、短冊のニンジン、ピーマン、きくらげ、玉ねぎ、そしてそれらの影からちょこっと顔を出す豚コマ肉のかけら、かけら。肉野菜炒めの肉はこれでいい。細かく刻まれた豚肉は、具というよりダシの役割が大きいのだ。まずはビールを飲んで、口中に残った餃子の油を洗い流す。そして肉野菜炒めの山の頂から箸で一口分つまみあげて、水分を切るように2、3回振ってから、内容物を観察する。メインのモヤシにキャベツ1片、ニンジンが1片、肉のかけらもしっかり1片入っている。ここで不満があれば、仕切り直しも可だが、今回はこれでよし。ちなみに、きくらげは貴重なので初めの一口分に含めてはいけない。

パクリとやると、まずは醤油とカキ油の香ばしい味が舌に広がり、次にゴマ油の鮮烈な香りが鼻孔に抜けていく。すかさず噛むと、シャクシャクとしたモヤシの歯応えが心地よい。時々クキクキと奥歯に触るニンジンの食感、ちょっと焦げたキャベツの香ばしさ、そしてそれらをまとめるのは確実に豚コマの旨味である。ゴクリと飲み込んで、すかさずビールで追いかける。ゴマ油の風味とビールって合うんだよなあ。スープの表面に浮いたネギ、目を凝らすとワカメが5、6切れ、スープの中でゆらゆらと身をくねらせている。フーフー吹いて一口飲む。おそらくラーメンのスープをそのまま流用したものだ。なかなか良い味じゃないか。箸の先に引っかかったワカメを唇でこそげ取ってから、さあ野菜炒めを続けよう。あそこの大きめの肉片は飯のオカズ用に取っておいて、二口目はきくらげを含めてみるか。モヤシのシャクシャク、ニンジンのクキクキ、ピーマンのパリパリに、きくらげのプルプルコリコリが加わり、私の口の中は俄然にぎやかになる。まとめ役の豚コマも堅実な仕事をつづけてくれる。

ここで、残った2個の餃子をおもむろにスープの中に沈めよう。これは後で飯のオカズとして食うためのものだ。その代わり、3枚ある黄色いたくあんの1枚は箸休めとして流用する。小皿の白と、たくあんの黄色のコントラストが目にも鮮やかだ。箸で1枚つまんで半分噛みちぎると、予想通りの強烈な甘さだ。塩辛さより甘さが勝ったたくあんなど通常では許しがたいが、ラーメン屋の定食に付いてくる場合は話が別である。「おお、甘い甘い」などと身震いしながらビールを飲む。これが楽しい。さらに醤油をかけた冷奴を箸で半分にちぎる。こぼれ落ちそうになるネギやオカカをうまく捌いて、無事に口に運ぶことができた。中華とは何の関係もないが、これはこれでいい箸休めになる。そうやってアルミ皿の野菜炒めを1/3ほど食べ終えたところで、2本目の大瓶が空く。ビールの大瓶なんて、いまやこういう店でしかお目に掛からなくなった。チェーン居酒屋は中瓶だし、そもそもどこへ行っても生ビールのご時世だ。昔は生ビールなんてビアホールかビアガーデンで飲むものだった。そういえば、チェーン居酒屋だってビールは大瓶と相場は決まっていたはず。養老乃瀧で出てくる「養老ビール」(もちろん大瓶)は、実はサッポロビールがつくっていて、あれは美味かったなあ。

話がそれた。そろそろ食事にしようか。プカプカ浮いた2個の餃子を上唇でうまく避けながら、まずはスープで口を湿らせる。表面が乾いて少しゴワゴワした飯を口に運ぶ。うむ、かための炊き具合は私好みだ。肉野菜炒めをオカズに固く炊いた飯を食う、私の「最後の晩餐」はこれに決めている。スープの中の(焼)水餃子は飯の上にのせて、箸でほぐしながら食うのが旨い。スープでふやかしてあるから、つなぎ目は簡単にほどける。皮で餃子の具に改めて飯も一緒に包み込むようにして、口に運ぶ。これを咀嚼しながら、甘たくあんを半分かじる。そして温存しておいた大き目の肉片とモヤシ、飯、スープ、キクラゲとモヤシ、飯、スープと、あとは好き勝手に食うだけだ。皿をすべて空にしたら、最初にオカミが出してくれたコップの水を飲む。もちろん、すでにぬるくなっているが、一気に全部飲む。そして調味料入れの脇に置いてあるアルミ灰皿を引き寄せて一服つけたら、「すいません、水ください」とお代わりをお願いするのだ。悠々と煙草を1本吸ったら「どうも、ごちそうさま」と言いながら席を立つ。まだ午後1時過ぎだ、駅前のスーパーで引越用の段ボールを何枚かもらって帰ろうかな。
posted by やきとり at 16:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 飲食方面 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
近所中華、最高です。
日本にいたときはよく行ってました。餃子+瓶ビール→唐揚げ・青椒肉絲・肉とニラ炒めなどその日の気分で→二皿め途中でビール2本目→まだ食えるようなら炒飯という美しい流れでした。
尚、こっちの中華は一人飲みするには向きません。
Posted by なめぴょん at 2014年11月29日 22:33
何の配慮もない無駄に長い文章を読んでいただき、誠にありがとうございます。肉ニラもいいですなあ。あと中華屋の唐揚げって、確かに妙に美味いんだなこれが。「今日は餃子じゃないなあ」という気分の時は、春巻きという手もありますが、ややお高いのと出てくるのが遅いという難点もあります。

そちらでは焼き餃子は無いんでしょうね。それでも一度は本場の「街の中華屋」でイッパイやってみたいものです。あーでも、料理が1人前じゃないのか。やはり丸テーブルを囲んで、にぎやかに宴会が似合いますね。
Posted by やきとり at 2014年11月30日 09:29
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